風見篤史のブログ


by akazami
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カテゴリ:映画( 50 )

無感動

2011年4月24日(土)
無感動
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日々を茫然と過ごしている。
DVDを借りて何本か観るが心を動かすものはない。
心の状態に波があるようだ。
焦りと不安だけが募っていく。
春なのに・・・。

DVD『グラントリノ』(監督:クリントイーストウッド』
DVD『プライベート・ライアン』(監督:スティーブン・スピルバーグ)
DVD『リリィシュシュのすべて』(監督:岩井俊二)


いい作品ばかりだが、心を打たない。感じない。つまらない。
時間が解決してくれるのか?
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by akazami | 2011-04-24 11:09 | 映画

マイカー到着

2011年4月18日(月)
マイカー到着
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茨城の実家に戻り、早1週間が過ぎた。精神はだいぶ安定してきてはいるが、調子が悪い日はずっとベットの上に横になっている日もあり、万全とは言えない状況。仕事や将来のことを考えると”不安感”に陥り、グッと心が辛くなるが、ここは現実を見なければ・・・。少しでもプラス思考で前を向いてゆこう。

今日先週なけなしの金で購入したマイカーが届いた。古いNISSANのサニー。見た目もきれいで非常に乗りやすくいい買い物をした感じがある。車を手に入れると気分も好くなる。田舎では車がないと仕事もできないし、何しろ何もできないのだ・・・。安全運転、安全運転。

DVD『嫌われ松子の一生』を鑑賞
傑作『下妻物語』を撮った中島哲也の大好きな作品(最新作の『告白』は未見)。松子の不器用で不幸極まりない人生に自分を重ねてしまう。松子は最初は素敵な女教師だったのに、家族に縁を切られ、同姓相手に暴力を受け、ソープ嬢になり、恋人を殺し、刑務所に服役する。出所しても愛に恵まれず、浮浪者同然になった53歳の時、荒川河川敷で少年達に殴り殺される・・・。

松子はずっと愛情を求めていた。「どんなに殴られても一人よりはいい!」
しかし僕は今は異性の愛情は求めない。自分の人生もままならないのに、結婚して、子供を作るなんて論外だ。自分の責任もまともに取れないのに、どうして奥さんや子供の責任が取れるだろう・・・。先のことはわからないが僕は生涯一人でいるような気がしている。

c0107704_327526.jpg『嫌われ松子の一生』
(2006年/日本)監督:中島哲也
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by akazami | 2011-04-19 03:28 | 映画

『薔薇の葬列』

2011年3月7日(月)
『薔薇の葬列』
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今日はかなり久々の休みで休日をのんびりと過す。休日なのに何故か早起きをしてしまい(睡眠薬のせいか?)、早朝から部屋の掃除、洗濯、そして雨の中ユニクロに部屋着を買いに出掛ける。とてものんびりとした休みらしい休みを満喫する。ふー、のんびりのんびり。

VHS『薔薇の葬列』(監督:松本俊夫)を鑑賞。
ゲイボーイの”エディプス悲劇”を元に、60年代末の新宿アングラカルチャーの雰囲気を捉えたATGのカルト映画。モノクロの美しい独特のイメージは何箇所かあったものの、非常に退屈な映画だった。出演者のインタビューやタイポグラフィーの挿入、バラバラに刻んだ音楽などゴダール的な手法の使用があるが、単なる「ゴダールの真似」という域を出るものでもなく、フィクションとドキュメンタリーの境界線を曖昧にする語り方も陳腐に感じられた・・・。

魅力的な実験性の高い作家日本映画を観たいと思っているのだが、実際に有名な作品を観てみみると、やっていることは刺激的で風変わりなのだが、1時間以上観客を退屈にさせないということは難しいという感触が強い。やはり映画は「魅力ある登場人物と物語が必要不可欠」ということか?芸術と物語。シニフィアンとシニフィエ。。視覚的イメージとその意味。・・・。
【形式と内容】は、全ての芸術においてもっとも大きな問題である。




c0107704_1922817.jpg『薔薇の葬列』(1969年/日本)
監督:松本俊夫   ★☆
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by akazami | 2011-03-07 19:00 | 映画

『三月のライオン』

2011年2月28日(月)
『三月のライオン』
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この『風見論』というブログには約20人のユニークユーザーがいる。毎日平均して20人がこの僕のブログを訪れているというわけだ。”20人”という数字は少ないような多いような。何千何万というアクセスがある芸能人のブログなどから比べれば圧倒的に少ないが、僕が日常生活で実際に関わる人数を考えれば、けっこうな数字である。「毎日、全国の中の20人は僕のことを気にしてくれている」ということであり、素直に嬉しく思う。

今日は久々の休みで、午後まで爆睡し、夕方から東中野の病院で薬をもらう。昔から仲がよく、親身になって僕のことを気に懸けてくれた薬局のおばさんと2年振りに再会し、田舎に戻っていたことや新しい仕事に就いたことなどを報告する。他の客をそっちのけで僕の来店を喜んでくれて「いまの風見さんは、すっごくいい顔している。おばちゃん、安心した」と言ってくれた。このおばさんは僕がアルコール依存症と深い鬱病でボロボロになっていた数年の時期をずっと見ているので、僕がきちんと自立して働いていることがよほど嬉しかったのだろう、・・・涙ぐんでいた。

DVD『三月のライオン』(監督:矢崎仁司)を鑑賞。
見事なロケハンで探し出した空虚な東京を舞台に、兄と妹の愛という近親相姦の物語を独創的な詩的イメージで描いたとてもポエジーな映像詩。、線路上に建つ取り壊し寸前の廃墟空っぽでモダンな部屋の真ん中においてある冷蔵庫、並ぶ電話ボックス。クーラーボックスとポラロイド手に兄を愛すアイス。ベルモンド風のスーツとサングラスでバイクを走らせる記憶喪失の兄。矢崎監督の詩的なイメージの連続に”圧倒的な映画の才能”を感じる一方で、決定的な”映画として面白くなさ”も感じた。

簡単に言ってしまうと「ものすごく退屈作品」のだ。誰の真似でもない矢崎監督の美しいイメージの連続を観れば、その映画としての芸術性の高さは文句のつけようがないのではあるが(趙方豪が初めてバイク乗った時に、カメラが右に傾きだし、ギターの曲が流れ出すカットは常軌を逸して息を呑むほど「美しい」)、しかし、派手な物語展開がなく1時間半その矢崎芸術につき合わされると、観ているほうは退屈で、眠くなるのだ。

この伝説的な傑作と呼ばれている『三月のライオン』に、タルコフスキーのような「圧倒的な芸術性と圧倒的な退屈さ」を感じた。芸術と退屈。その退屈さを克服するためには?・・・。そこで重要になってくるのが「映画における物語とは何か?」という大問題である。

その大問題についての考察は、また次回に。


c0107704_20515636.jpg『三月のライオン』(1992年/日本)
監督:矢崎仁司   ★★★
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by akazami | 2011-02-28 20:54 | 映画
2011年2月1日(火)
『彗星まち』、『プウテンノツキ』、『闇のカーニバル』
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(写真は『プウテンノツキ』から)

最近観た映画。

DVD『彗星まち』(監督:今岡信治)
低予算で製作されたピンク映画で”いまおかしんじ”監督のデビュー作だが、ロングショットが実に美しく、高速道路したの川辺の風景や、寂れた海岸などの捉え方/空間イメージに唸った。若者が人生を(時間を)ひたすら無駄に消費してゆくを90年代特有の「無目的感」が明確に描かれていたが、自分が大学時代に作った自主映画もほぼ同じようなテーマだったことに気づき、そういえば自分が映画を撮っていた時はもろに90年代末だったなぁーと考える。オウム事件と阪神大震災を過ぎて”世紀末”を迎えていた「なんとなく不安」が日本覆っていた時代。

DVD『プウテンノツキ』(監督:元木隆史)
大学の先輩の大学院卒業制作の作品。改めて観て、元木さんの高度な映画的センスと描写力のうまさと自主制作とは思えない映画の完成度の高さに唸る。特にプー太郎の彼女を演じている女優”北川千恵”が抜群にいい。とにかく映画(フィルム)に映える女優である。もっと活躍してもいいのに。映画に映って輝く役者というのは意外と少なく(フィルム映りや映画映りという完全な”視覚的な”意味で)、それは演技力がどうのこうのというよりも、先天的な才能(美貌)と呼べるものののではないのだろいうか?魅力的で大画面で輝く映画女優というのは努力云々ではなく最初から被写体として”素晴らしい”のである。”永作博美”しかり”満島ひかり”しかり。この北川千恵もそのくらい圧倒的に素晴らしい。その彼女を美しく撮った元木監督も素晴らしい(女優を美しく撮れるという才能は映画監督にとって、ものすごく重要な要素である)。元木監督ももっと活躍していいのに(山下君や熊切さんに負けないくらいの映画的センスがあると思うし、少なくとも石井裕也あたりよりはずっと上だと断言できる)。


DVD『闇のカーニバル』(監督:山本政志)
ものすごく”汚い”映画だった・・・。この監督生理的にダメだ。実験的な日本のアートフィルムを観たいと思って観たのだが、とにかく「不潔感」が全編を漂っており、観ていて嫌悪感すら感じる次第・・・。山本氏は寺山修司と同じ匂いを感じる嫌いな芸術家である。



c0107704_21262887.jpg『彗星まち』(1995年/日本) 公開時原題:「獣たちの性宴 イクときいっしょ」
監督:今岡信治   ★★☆



c0107704_21301176.jpg『プウテンノツキ』(2001年/日本)
監督:元木隆史   ★★★





c0107704_21361393.jpg『闇のカーニバル(1981年/日本)
監督:山本政志   ☆
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by akazami | 2011-02-01 21:49 | 映画

パーマネント野ばら

2011年1月24日(月)
『パーマネント野ばら』
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2011年に入ってから、短期間の間にいろいろな物事が信じがたいスピードで変化している。環境が変われば気持ちも当然変わるし、当然疲れる。毎日クタクタになりながらも気持ちは”映画モード”に入っているので普段は借りてこない新作DVDを真夜中に観ている。

DVD『パーマネント野ばら』(監督:吉田大八)を鑑賞する。ビールを片手に。
傑作『不抜けども、悲しみの愛を見せろ』の映像作家吉田監督の新作ということで期待していたが、正直うーん・・・いまいちという印象を僕は受けた。映像派の吉田監督作品をノートPCの小さい液晶画面で見ていること自体まともに感想を言える立場ではなく、近藤龍人君の撮影もまともにわからない・のが悔しい・・。

菅野美穂は演技派の女優とは思うけど”映画女優”にきっとずっとなれないと僕は思う。この映画でも彼女から”いい”イメージは全く受けなかった。西原理恵子原作だからあくの濃いキャラが多く出てくるが全員漫画チックで人間味が少しもなく、奥寺さんの脚本もセリフ重視の無理やり感があり、『腑抜け~』の時の田舎を美しく描く独特の映像センスやキャラクターを魅力的に描く演出力もいい形で映画に反映されていなかった。

原作モノで”女の情”がテーマという監督にはかなり高いハードルだったのだろうとおもう。同じ失敗作に近い失望感を山下君の『天然コケコー』を観た時にも受けたことを思い出す(ちなみに『天コケ』の撮影も近藤君)。「プロデュサー側からくる正直乗り気がしない企画」をどう面白く魅力的な作品に仕上げるかに監督は”苦労したんだろうな~”と想像してしまった。それが映画に全部出てしまっている・・・。それが観客に見えたら映画は面白くないに決まっている(まぁそんな想像をする人間も少ないと思うが)。

しかし今後も吉田監督への期待は変わらない。どんな人間も傑作ばかりは作れない。ピカソもプロコフェイフも膨大な駄作も作っている。芸術家は佳作や駄作を挟みながらたまに良作や傑作を発表できればいいのである。そういう意味でこはの『パーマネント野ばら』は佳作であると言える。


c0107704_0575537.jpg『パーマネント野ばら』(2009年/日本)
監督:吉田大八   ★★
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by akazami | 2011-01-25 01:02 | 映画

『アウトレイジ』

2011年1月21日(金)
『アウトレイジ』
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DVD『アウトレイジ』(監督:北野武)を鑑賞する。
ここ最近駄作を連発していた武監督が放つ久し振りの素晴らしい作品がこの『アウトレイジ』だ。今観たばかりなのだが興奮してどうにも眠れそうにない。とにかくたけし的バイオレンス全開の痛快エンターテイメント映画で、エンドクレジットが上がってきた時に「あ~映画観たなぁー。映画は芸術だけではないんだなー」痛感し、尚且つ非常に最高の気分になった。

やくざの暴力的で破滅的な群像劇を描いた作品だが、何が素晴らしいってその圧倒的に脚本の構成力に度肝を抜かれた。初期の芸術性やバイオレンス注目されがちだが、実はたけしのシナリオ創作の実力はあまり語られていないと思う。主要登場人物だけでも15人以上いるが、その全員が悪意と下心を胸に殺しあう物語をとてつもない構成力とストーリーテイリングで見事にまとめあげている。僕はずっと話の展開にハラハラドキドキが止まらなかった・・・。

またたけしが考え抜いた“痛い暴力”をあらゆる映画的見せ方で描写し、もう”痛いバイオレンス(暴力)”のオンパレードだ。世界広しと言えどもこれだけの暴力レパートリーを描ける監督は他にいないだろう。やはり暴力映画になるとたけしは輝き、たけしの“いい才能”が映画に写る。

この映画についてはもっと色々書きたいが、少しは寝なきゃいけないので・・・。
芸術美としての映画性ではなく、エンターテイメントとして映画性が見事に爆発した素晴らしい傑作である(しかしながらストーリー自体は映画芸術美の極致である『ソナチネ』とほとんど同じであるのが不思議なところだが、今回はたけしが完全にエンターテイメントとして映画を撮っている)。

僕は4作目の大傑作『ソナチネ』以来の、長い年月経て撮った傑作がこの『アウトレイジ』だと思う。


c0107704_1682281.jpg『アウトレイジ』(2010年/日本)
監督:北野武   ★★★★☆
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by akazami | 2011-01-21 16:13 | 映画

『男性・女性』

2011年1月17日(月)
『男性・女性』
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VHS『男性・女性』(監督:ジャン・リュック・ゴダール)を鑑賞。
この映画の「圧倒的なつまらなさ」と「圧倒的なスタイリッシュなデザイン性」ななんなのだろう?「おしゃれ」「難解」「ポップ」「知ったかぶり」「優越感」「意味不明」「コンプレックス」といったゴダールについても一般的な見方(またはイメージ)が凝縮されたゴダール映画の極北がこの66年『男性・女性』のような気がする。

ストーリーなどよくわからない、単純にすごくつまらない。しかしパリのカフェを中心に撮影されたモノクロの断片的なフィルムの圧倒的なデザイン美はひたすらにオシャレで美しい・・・。菊池成孔が「カフェゴダール」と呼ぶのもよくわかるが、左翼に被れた若者(ジャン・ピエール・レオー)がパリのカフェでエスプレッソを飲んだりピンボールをはじきながら女の子を必死に口説いている、そんな映画である。

美しいタイポグラフィーで挿入される字幕も含め、即興的でありながらも極度にスタイリッシュな画面構成。モノクロの映像美。ぶつ切りにされる場面と音楽。このゴダール映画における「映画デザイン性」にこそに僕は心底魅了される。僕はゴダールの表層しか観ていないのかも知れないが、それでいいのだ。映画的な物語の無さ苦心しつつも、カフェゴダール万歳である。


c0107704_038597.jpg『男性・女性』(1966年/フランス)
監督:ジャン=リュック・ゴダール   ★★★   
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by akazami | 2011-01-18 00:41 | 映画

『霧の中の風景』

2011年1月15日(土)
『霧の中の風景』
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ここ最近の苦しい精神状態からやっと回復してきたようだ。しかし、いつまた鬱の波が押し寄せてくるかわからない。いったん波が立つともう恐怖と憂鬱と強烈な不安感(あるいは絶望感)に耐えるしかない。そう、耐えるしかないのだ。この絶望感に打ち勝つにはポジティブな思考しかない。「なるようになるさ」と気楽に考えるのが一番有効であるが、なかなかできないのが僕である。

VHS『霧の中の風景』(監督:テオ・アンゲロプロス)を鑑賞する。
昔見たときの美しいイメージがあったが、今回は全体としてあまり心に響かなかった。もっと美しいロングショットがたくさんあった印象だったのだが、どうもグッとくるようなイメージがない。それにアンゲロプロスはビスタサイズかシネスコだろうと思い込んでいたのだが、『旅芸人の記録』など他の作品も含めてこの監督はスタンダードで撮っているようだ。あれー?

しかしながら、無人の高速道路でのシーンや、雪を見上げて動かない大人たちの中を駆け抜けてゆく少女たち、海から突如引き上げられる人差し指の欠けた巨大な石造、など幻想的な場面はやはり秀逸。

この監督は贅沢な芸術家でイメージに合うような曇天の空を10日も平気で待つらしい(昔蓮貫重彦のインタビューで読んだ)。まるで黒澤明のようで今の日本映画界では考えられない・・・。ギリシャでもアンゲロプロスだけは別格なのか?

アンゲロプロスはまだ未見の作品はいくつかあるがあまり気が進まなくなった。もっと天才的な映像作家の印象があったのだが・・・。同じビクトル・エリセやタルコフスキー、ホウ・シャオシェンなどの風景系の作家見直してみたらどうなのだろう?『ミツバチのささやき』などは学生の頃はおおーと感動したが、今観たらけっこう退屈な作品なのかもしれない。

c0107704_4564296.jpg『霧の中の風景』(1988/ギリシャ)
監督:テオ・アンゲロプロス   ★★☆
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by akazami | 2011-01-16 05:09 | 映画

『バッファロー'66』

2010年12月24日(金)
『バッファロー'66』
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全くクリスマスという感じがしない・・・。
田舎の会社で地味に働いていれば、クリスマスイブも地味に過ぎていく。12月24日は誕生日ということもあり、人一倍クリスマスには思い入れがあり大好きなのであるが、35歳にもなるとキラキラした出来事はほとんど起こらないのだが、まぁ仕事をしているだけましである。今は誕生日より仕事が大切。

DVD『バッファロー’66』(監督:ヴィンセント・ギャロ)を鑑賞。
僕の大好きな映画で日本でも異例のロングランヒットした、90年代アメリカ映画の大傑作。監督・脚本・音楽・主演のギャロの美的センスと実験的なスタイルが見事に凝縮され、近年稀に見る洗練された“映画デザイン性”を持った作品である(クレジットタイトルのデザインは絶品の一言)。そのどこかアンティークレトロな色調で非常にフォトジェニックな美的映像センスはギャロ独特の圧倒的な映像美学に貫かれている(16mm撮影なのだろうか?)。

通常では考えられないようなカット構成やラストの銃撃シーンでのマンガ的なデフォルメ処理、突然照明がスポットライトに変わりミュージカルが挿入されるなど実験性は、非常にハイクォリティーかつ現代的な映画芸術性を感じさせ、ヴィンセント・ギャロがただのおしゃれな異端派ではなく、間違いなく真の映画作家であることを証明している(ちなみに映画作家としてのギャロの映画美学は2作目の『ブラウン・バニー』で極度の洗練化を遂げることになる)。

しかし、この映画で最も魅力的な部分で、多くの人にこの映画が愛される理由はギャロ自ら演じる主人公ビリーのキャラクターだろう。公開当時僕のことをよく知る友人2人が口を揃えて言ったことは「これは風見によく似ている。ていうか、これ風見だよ」・・・。どうなのだろ?


いずれにしろ『バファロー’66』『ブラウン・バニー』と独自の美学に貫かれた傑作を作り上げたヴィンセント・ギャロの次回作の発表を、僕は首を長くして待っている。



c0107704_14441669.jpg『バッファロー'66』(1998年/アメリカ)
監督:ヴィンセント・ギャロ   ★★★★
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by akazami | 2010-12-24 14:46 | 映画