風見篤史のブログ


by akazami
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『三月のライオン』

2011年2月28日(月)
『三月のライオン』
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この『風見論』というブログには約20人のユニークユーザーがいる。毎日平均して20人がこの僕のブログを訪れているというわけだ。”20人”という数字は少ないような多いような。何千何万というアクセスがある芸能人のブログなどから比べれば圧倒的に少ないが、僕が日常生活で実際に関わる人数を考えれば、けっこうな数字である。「毎日、全国の中の20人は僕のことを気にしてくれている」ということであり、素直に嬉しく思う。

今日は久々の休みで、午後まで爆睡し、夕方から東中野の病院で薬をもらう。昔から仲がよく、親身になって僕のことを気に懸けてくれた薬局のおばさんと2年振りに再会し、田舎に戻っていたことや新しい仕事に就いたことなどを報告する。他の客をそっちのけで僕の来店を喜んでくれて「いまの風見さんは、すっごくいい顔している。おばちゃん、安心した」と言ってくれた。このおばさんは僕がアルコール依存症と深い鬱病でボロボロになっていた数年の時期をずっと見ているので、僕がきちんと自立して働いていることがよほど嬉しかったのだろう、・・・涙ぐんでいた。

DVD『三月のライオン』(監督:矢崎仁司)を鑑賞。
見事なロケハンで探し出した空虚な東京を舞台に、兄と妹の愛という近親相姦の物語を独創的な詩的イメージで描いたとてもポエジーな映像詩。、線路上に建つ取り壊し寸前の廃墟空っぽでモダンな部屋の真ん中においてある冷蔵庫、並ぶ電話ボックス。クーラーボックスとポラロイド手に兄を愛すアイス。ベルモンド風のスーツとサングラスでバイクを走らせる記憶喪失の兄。矢崎監督の詩的なイメージの連続に”圧倒的な映画の才能”を感じる一方で、決定的な”映画として面白くなさ”も感じた。

簡単に言ってしまうと「ものすごく退屈作品」のだ。誰の真似でもない矢崎監督の美しいイメージの連続を観れば、その映画としての芸術性の高さは文句のつけようがないのではあるが(趙方豪が初めてバイク乗った時に、カメラが右に傾きだし、ギターの曲が流れ出すカットは常軌を逸して息を呑むほど「美しい」)、しかし、派手な物語展開がなく1時間半その矢崎芸術につき合わされると、観ているほうは退屈で、眠くなるのだ。

この伝説的な傑作と呼ばれている『三月のライオン』に、タルコフスキーのような「圧倒的な芸術性と圧倒的な退屈さ」を感じた。芸術と退屈。その退屈さを克服するためには?・・・。そこで重要になってくるのが「映画における物語とは何か?」という大問題である。

その大問題についての考察は、また次回に。


c0107704_20515636.jpg『三月のライオン』(1992年/日本)
監督:矢崎仁司   ★★★
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by akazami | 2011-02-28 20:54 | 映画